『ポッペンとプッピンと海の帽子』

 この三週間でプッピンが製造した帽子の数は十七個、ポッペンがたべたドーナツの数は21個。
 プッピンが転んだ(材料をおおいそぎでそろえようとして)回数は5回、ポッペンが割ったお皿の数は6枚――。
 とにもかくにもてんてこまいのプッピンとポッペンでしたから、ある夕べ、これからさあ晩御飯のしたくにとりかかろうとした矢先、ピンポンが鳴って、ずぶぬれの女の子がわけあり顔で玄関脇に立っているのを見たときは、正直いって、ことばも少なくなりがちだったのです。
「あの、どちらさまで?」とポッペン。
「わたくし、海のこなたと申します。至急に帽子をつくっていただきたくて、参りましたの」
 見ると、少女の長い髪には巻貝やら海藻やらがからみついており、全身からはぽたぽたと海しずくがしたたり落ちてあっというまに周囲に水たまりができてしまうほどでした。

 ははん、これはとポッペンは直感しましたがプッピンの方をちらりとみやると、もうプッピンは懐から巻き尺をとりだして、少女の頭のぐるりをはかっているのです。
「で、どんな帽子を?」と二人が問うと
「ご覧のとおり、海からやってきたものですから。訳あってこの町にしばし滞在の予定あり。その間に帽子なくしてはわたくしいられないのでございます。海の帽子をつくっていただきたいのです。それをかぶっていれば海中にいると同然でいられる帽子のことです、そら、ここに生地も持ってまいりましたの」
 と少女が水のしたたる袋からとりだしたのは、濃紺の一見するとサテン地の、つややかでそれはしっとりとした不思議な織り物だったのです。


その生地はとらえどころがなく、プッピンが帽子をつくるのになかなか難儀しました。ハサミを入れようとするとスルスルと逃げていくので、思いついたポッペンがバケツを持ってきて、その中に生地を流し込んで「ヤッ」とふたりがかりでようやく型紙分の生地を確保することができたほどです。
 それで、一夜明けてどうにかこうにか帽子らしいものの輪郭ができたときには、部屋はすっかり水びたしになっていて、ところどころに海藻やらトコブシやら貝殻やらが散らばっているというありさまでした。
「こりゃ、塩が製造できるほどだ…」
 二人はすっかり呆れはてておりましたので、午後になってやってきた少女が悦びいさんで帽子をかむったときも、なんだか夢でもみているようでした。
「ああ、これで助かりましたわ!」少女は白い顔をバラ色に染めて叫びました、「ああ、すずしいこと。なつかしいにおいがします、友だちの声もきこえます。お母さん大丈夫、わたしきっとみつけてまいりますから!」
 そして青くゆらゆらとした夜の波のように光る帽子をかむったまま、少女は窓の向こうへと消えていったのです。
 二人の前に、大きな立派な巻貝の殻をひとつ、残して。
 ふと我にかえったポッペンが貝殻を手にとって耳にあてますと、奥の方からはゴウウという海鳴りの音がきこえてきました。そして、「もっと何かきこえないか」とポッペンが長いあいだ耳を澄ましている間中、ゴウウと鳴り響いていたのです。


おしまい          


文/テクマクマヤコ


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