『緑光水』

 春にぴゅうと吹き出した緑の芽がどんどんふくらんでいって、つやつやしたやわらかな、まぶしい葉っぱに生長していく―― そんな光景をチェリーの木、庭ツバキの木、蜜柑の木、ポプラやケヤキ並木などなどに目にするにつけ、ポッペンとプッピンは旅に出たツィギーのことを思い出し、また魔女子さんのことを考えていました。
なぜって、やわらかでまぶしい葉っぱが夏に向かって濃く重たくなってしまう前に、「緑光水」というエッセンスを植物から抽出する仕事を、魔女子さんは毎年の行事のように行っていたのですし、またその作業に参加することを、じつのところツィギーはとても楽しみにしていたからなのです。

 「たったこれだけ!」二週間がかりでようやく採集したというエッセンスが、小指ほどの小さなガラス壜にほんのわずかだけ入っているのを見て、いつかポッペンはびっくりしたものでした。
 「フフフ、まあ見ていてください」そんなとき魔女子さんは笑いながら、スポイトで液体をそっと吸いあげます。そしてほんの一滴、白いテーブルクロスに垂らすと、驚いたことに瞬時にして目の前に原っぱのような色や匂いが広がるのです。洗濯をしても何をしても、その色が消えることは決してないというのです。
 「でも、何に使うの?」聞いた二人をちらりと見て、魔女子さんは言ったものです、
「なあーんにでも!」

「いただいたミラベル、もってこうか」プッピンはふといいます。
 ミラベルとは杏(あんず)と李(すもも)を足して二で割ったような、かぐわしい果物で、異国のおみやげとして隣家から大事そうに分けていただいた到来物なのでした。

「でも、ふたつしかないよ」とポッペン。
「クッキーをつくればいい」
 それで、二人が甘酸っぱい香りのする焼きたてのクッキーをバスケットに詰めて、魔女子さんの家を訪れたのは三時もとうに過ぎて夕刻近くになっていました。
 「ああ、いらっしゃい」魔女子さんは二人をふりかえります。 白い頬が上気して、目が輝いています。
 食卓兼作業机の上に、そのガラス壜は置いてありました。
 思わず二人がそれを覗きこむと、夕刻の物憂い光線を受けて、さらさらと波立つものがありました。
 ほとんど黄金色に近い緑の波が、ガラスにぶつかってチラチラと揺れてできる無数の泡の中に、たしかにあれはツィギー、そう、ツィギーのはしゃいでいる姿が映っているではありませんか。
それはいつ、どこのツィギーなのか。
昨年ともに「緑光水」を採集した折のツィギーなのか、それとも現に今どこかを歩いているツィギーなのでしょうか、いいえ、それとも……。

「植物たちが、いろんなことを記憶している証拠ですよ。抽出に成功したんですよ」
 あっけにとられている二人の後ろで、魔女子さんの明るい声がしています。
 魔女子さんがすっかりはりきっているので、二人はクッキーをバスケットからとりだすのも忘れています。
 緑の光線を体いっぱいに浴びて、ツィギーのうれしそうな様子がくるくると回転しています…  


          


文/テクマクマヤコ


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